2020_04_03(金) 11:09

オヤジが懐かしむ昭和はそんなにいい時代だったのか?【徒然スパイスバル】

記事投稿: シオ・コージ

2020_04_03(金) 11:09

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記事投稿: シオ・コージ

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少し前にこの欄で「昭和時代の親はほとんどが毒親だった!」みたいな少し無理やりな仮説を立てたことがありました。

やや暴論かもしれませんが、うちの親をはじめ、あのころはいまとくらべて世の中全体が子どもの育てかたやしつけに異常に厳しかった印象があります。

今回は雑草ライターのこの私が、少しエラそうですが時代の移り変わりを語ってみましょう。

★目次★

1. 「あのころはよかった」とドヤ顔するおっさんたち

前回でも書いたようにうちの父親は過度に几帳面、融通がきかないなどASD的な性格の持ち主なのですが、こういう人物もかつての世の中ではむしろ歓迎されていたでしょう。

前回の記事はこちら

マジメに規律に従うことが昭和の時代では美徳とされていました。第二次大戦中の軍国主義の名残りもあったのかもしれません。

戦後の焼け跡から日本が驚異的な高度成長を遂げたのも、日本人が会社の言いつけを守り、勤勉に努力したからでしょう。

僕の親父世代の人たちは何かあるごとにその事実を持ち出し

「俺たちがこの国を豊かにした!」

とマウンティングして勝ち誇った顔をしています。

2. 豊かさの裏のしんどい人たち

ですが高度成長には陰の部分があったことも否定できません。

環境破壊や東京一極集中による地方の過疎化もすべてこの時代に始まったものです。

セクハラ、パワハラも当たり前すぎてほとんど問題視されることはなく、被害者は泣き寝入りするしかありませんでした。

学校でも先生たちは平気で生徒に体罰をふるっていたのを思い出します。

校則も厳しく、髪型をはじめ制服のスカートの丈、靴や靴下の色まで事細かに制限されていたものです。

一部のヤンキー生徒たちは学校の決まりに従わず、彼らのために校則はしだいに厳しさを増していき、大多数の真面目な生徒がそのワリを食って不自由な思いをしていたなんてこともありました。

いま思うと皮肉なはなしですね。

3. スキゾなADHD、パラノなASD

そんなふうに筆者が10代を過ごしていた80年代のはじめ、ニューアカデミズムのブームというのがありました。

大学のえらい学者さんが書いた小難しい本がベストセラーとなり「スキゾ」「パラノ」などという言葉が大はやりしたのです。

ざっくり説明しておきますと、スキゾとはスキゾフレニー(精神分裂症=いまでいう統合失調症)、パラノとはパラノイア(偏執的性格)の略。

といってもけして精神異常をさすわけではなく……

スキゾ型は状況に応じて器用に考え方を変えるタイプ

逆にパラノ型はひとつの物事にこだわり続ける人々

といった意味合いで使われていました。

自由に思いのまま行動できる若者はスキゾ系、決められたルールに従うだけの大人世代はパラノ系などと区分され

「ナウいヤングはスキゾキッズをめざせ!」

みたいにマスコミが軽薄にあおりたてていました(笑)。

その当時、若者たちは「新人類」というニックネームで呼ばれ、親父サラリーマンたちが「最近の若い社員の考え方は理解できない」とぼやいていた姿をよく目にしたものです。

4. 変わる若者、変われないオヤジ

まあこんな世代間闘争はいつの時代にもあったことでしょう。

新人類の時代を経て若者の姿は大きく変わりました。

それに気づかず、今の時代も昔のやり方を変えられないおっさんたち。彼らはまさに融通がきかないASDタイプではないでしょうか。

そして自分の自由が許されると、まわりを無視してどこまでも衝動のままに行動する若者世代はADHDタイプともいえます。

ASD的な考え方が正しいとされていた昭和のころに較べ、それぞれの自由や多様性をみとめる今の時代はADHD的でしょう。

スキゾとパラノの時と同じように、その人が発達障害者だと言っているわけではなく、行動や考え方が発達障害に例えることができると言っているだけですので、気にさわったらご勘弁を。。



5. まとめ:時代は繰り返す?

むかしも今もそれぞれいいところと悪いところがあり、人によって考え方も違うので、どちらがいいとはいちがいに言いきれないところですが……。

個人的には今の時代のほうが柔軟性があって、本人さえその気になれば、自分のやりたいことを厳しく禁じられることもなく、いい時代になったような気がします。

もちろん今の時代もコンプライアンスがうるさく、昔より不自由になったと感じる人は僕も含めて多いでしょう。

だけどどうしてこんなにコンプライアンスが厳しく言われるようになったのか、それは自分の自由を追い求めるあまり周囲に迷惑をかける人が多くなったからではないかという気がします。

そしてルールを侵さない常識ある人たちまでもが、一律にコンプラの遵守を強いられ、息苦しい思いをしながら日常を生きている。

たいして意味のない校則に縛りつけられていた昭和の中高生のように。

時代は繰り返すのでしょうか。不自由だったあのころがふたたび戻ってこないことを祈ります。

オハナスタイル公式ライター : シオ・コージ

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