2020_03_06(金) 06:44

3.11に思う① 被災地をめざした一夜。【徒然スパイスバル】

記事投稿: シオ・コージ

2020_03_06(金) 06:44

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記事投稿: シオ・コージ

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今年もまた3月11日を迎えます。

残念なことに、2011年春の記憶は自分の中でも年々薄れていくような気がします。

そんな自分に対する罪滅ぼしの意味もこめて、二回に分けては当時の思い出を書かせていただきます。このまま記憶を風化させていかないためにも。

★目次★

1. 出発前日、震度6の余震

1. 出発前日、震度6の余震

東日本大震災発生のあと、ネットやテレビの情報を頼りに勝手なことを言ったり書いたりしている自分がちょっと嫌になってしまいました。

実際に現地を見もしないで、他人からの情報だけをもとに安全な場所で語っている自分、恥ずかしくないのか?と。

そして震災からひと月が過ぎたころ、被災地のボランティアへの参加を決めました。

場所は宮城県仙台。予定は5日間。

荷づくりも整え明日は現地へ向かうという前日の晩、震度6の余震が発生しました。しかも震源はボランティア活動にたずさわる予定の仙台……。

報道によれば震災以来最大の余震だということ。震度6っていったら、もう余震とはいえないレベル。

一気に不安が高まりましたが覚悟を決め、予定どおり翌日の夜、埼玉の自宅を出発しました。

2. 走らにゃならん、夜明けまで

当時はまだ鉄道なども復旧しておらず、現地へは車で向かいました。

10年以上乗った、走行距離10万キロ近いブルーバード。被災地を走るには四駆やSUVのほうが向いてるようにも思いましたが仕方ありません。

車の後部には、家じゅうからかき集めた使い古しの衣類、カップ麺などの食料や水。救援物資のつもりですがはたして役に立つのかどうか。

作業に必要な軍手や放射能対策の使い捨てマスク、当時はガソリンが不足していたので1リットルの携行缶なども用意していきました。

高速料金を節約するために、行けるところまで一般道で行こうと、国道4号線をひたすら北上。

栃木と福島の県境あたりで、道端の標識が大きく傾いていて、被災地へ入ってきたことを実感。

計画停電で街灯の消えたバイパスは真っ暗。

東北方面へ向かう大型トラックや建設車両が目立つ。

巨大なクレーン車や大量の資材を積んだトレーラーのすき間をぬうようにして、やや場違いな感じのブルーバードで走り続けました。

3.教会に集まるボランティアたち

前の晩22時に出発、ひと晩がかりで翌日の明け方5時ごろ、仙台着。

ボランティア団体が本拠とする建物の前に車をとめ、運転席で仮眠しながら受付があくのを待ちました。

ネットで見つけたこの団体は、キリスト教系の組織ということ。

全国から集まったボランティアたちが宿泊に使う施設は、ふだんは教会として利用されているようでした。

受付をすませ、部屋に案内されて荷物をおろすと、すぐに作業に出発するしたく。のんびり休んでいるひまはありません。

5日間しかここにいられないのですから。



4. 作業に向かう自転車部隊

僕らがボランティアに赴く場所は、仙台市内から少し離れた荒浜という地区。

震災直後、まだ各地の状況がはっきりしていなかった時点でもうすでに、津波の被害にあった土地としてまっさきに報じられた場所でした。

ボランティアの拠点となった教会は駅から近い市の中心部。そこから海べりの荒浜までは、みな自転車で移動しました。

何十名ものボランティアを乗せるには車が足りず、道路は地震のためにあちこちひび割れたり陥没したりしています。

それに被災者のもとへ何台もの車で乗りつけるのもマナーがあるとはいえないでしょう。

自転車のペダルをこぎ続けて30分あまり、市街地を抜けて仙台東部道路の下をくぐるととつぜん風景が一変しました。

もとは田畑が広がる一帯らしいのですが、そこが見わたすかぎり真っ黒な泥をかぶり、大量のガレキに埋め尽くされています。

仙台東部道路は土手のように土盛りされていて、地上数メートルの高さがあるので堤防の役割を果たし、押し寄せる津波をせきとめたのでしょう。

内陸側はほとんど無傷のまま。道路を境に運命が二分された感じで、海側に住んでいた方々は気の毒としかいいようがありません。

ついこないだまで生活に使われていた日用品や家具、車まで、すべてががれきと化して周囲を埋めつくしています。

テレビでよく見た光景ですが、実際に目の当たりにするとただ茫然とするばかりでした。

ヘドロの異臭がたちこめています。

一列になって走る僕らの自転車の脇を、何台ものダンプや工事車両がうなりを上げて追い抜いていきます。

巨大なタイヤが乾燥したヘドロを巻き上げ、一面ひどい砂ぼこり。マスクを持ってきて正解でした。

5. 海は平和なまま

荒浜の浜辺に出ました。

海は静かで波ひとつなく、平和な風景でした。大きな津波が押し寄せたなんてとても想像できません。

ふりかえって背後を見ると、無残に破壊された建物があちこちに残っています。

目の前に広がる穏やかな海が急に不気味に見えました。でもネガティブな気分になっているときではありません。我に返り、がれきの撤去作業にかかりました、

この続きは次回、②で。→ ②はこちら

オハナスタイル公式ライター : シオ・コージ

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