2020_01_29(水) 06:31

趣味があることは、幸せに繋がりますか? その1

記事投稿: NEKONOKO

2020_01_29(水) 06:31

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記事投稿: NEKONOKO

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趣味が仕事か、仕事が趣味か、という父を持ったら子どもは幸せなのでしょうか。

振り回される家族は、どう対処すべきだったのか。

★目次★

ご趣味は何ですか?

そう聞かれたら、何と答えますか?

私なら、洋裁と花の世話と料理、そう料理も趣味の範囲なんです、子育ては引退しましたので。

作ること全般大好きで、買う前にこれは作れないか?と考えてしまう人間です。

その根源はどうやら父にあるのだと、ある時からわかるようになりました。

好きでも嫌いでも、とにかく似ているのだと意識するようになってから、父への理解が進んだような気がしています。

多趣味な父の毎日

15年前に70歳で亡くなった父(リンク:9/18公開分)の究極の夢は、無人島で独り暮らしがしたい!というものでした。

☆父について、詳しくはこちらの記事で☆

実際それだけのスキルは持ち合わせていました。

海釣り、川釣り、兎・雁・猪などの狩り、野菜を育てること、キノコ採り自然薯堀り、何でも得意だったのです。

私の記憶にある限り、父は漁師であり、猟師でもあり、採掘者で、お百姓さんで、クラフトデザイナーでした。

何しろ趣味が多すぎて、仕事をしている暇が惜しいほどだったと思います。

さつきや松などの盆栽はずいぶん早くからやっていたような気がします。

私の現在の仕事で関わりのある盆栽の先生に言わせると、盆栽が完成した形になるには10年20年どころか30年や50年もかかったりするので早く始めれば始めるほどいいものが出来上がるのだということでした。

父は30代ではそれに気がついていたようです。

どぶろく作りに燃えたときもあったような気がしていますが、その頃私は未成年で口にはしていないと思います。

狩猟は好きでした。昔の田舎のおじさんたちはグループで東北地方に狩猟に出かけるのが流行っていました。

その時お供するのが、ポインターやセッターという種類の犬たちでした。

帰ってくるとみんなで獲物の分配をするのですが、犠牲になった兎や鳥や時には猪の解体もしていました。

しかしある時からふっつりと狩猟は辞めて、そのあとはまるで罪滅ぼしのように野鳥を飼い始めました。

法の隙間をかいくぐって罠を仕掛けてメジロ・ウグイス・ホオジロ・ヒバリなどの雛を捕ってきては、自分でこしらえた竹細工の専用スプーンでこれも自分で調合しすりおろした餌をせっせと雛たちに与えるのでした。

鳥かごも作ったりしていたと思います。いつ仕事していたんだろう。

雛たちがある程度大きくなると、当時はカセットテープレコーダーにこれも自分で山で吹き込んでた実際の野鳥の鳴き声を聞かせては、雛を熱心に教育するのです。

「野鳥にも物覚えのいい奴とそうでないやつはいるんだ」

とぼそっと言っていたのを覚えています。なぜかドキッとしたりして。

父は時々自分でも鳴いて見せたりしていましたが、鳥たちが理解していたのかどうかは謎のままです。



趣味は「競争の道具」?今も残る疑問…

もっと楽しめばいいものを、父にとって趣味はいつか単なる趣味ではなく、上を目指す道具になっていくようでした。

狩猟ならグループの世話役、盆栽や金魚の育成なら専門誌の取材を受けたり地域の会長を務めたり、自然薯やタケノコやキノコ採りなら、誰よりも早く誰よりもたくさん採ることというように。

競争の道具にしてしまうと、趣味は途端に輝きを失っていくと思ったのです。

父はきっと働かなくてよかったら、ずっと好きなことをしていたかったのだと思います。

私がそうなので、今ならよくわかるのです。趣味を楽しめる環境作りは大事ですね。

自由な時間を生み出す経済を整えるのが第一義だと思います。まずそこを頑張ってからでないと、趣味にまで時間を割くことができません。

それにしても、趣味って頑張るものだったのかなぁ、っていう素朴な疑問が頭に残っています。

オハナスタイル公式ライター : NEKONOKO

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