2019_04_03(水) 16:29

「令和」を生んだ「大伴旅人」&「大宰府」が熱い!

記事投稿: オハナスタイル編集部

2019_04_03(水) 16:29

3089

記事投稿: オハナスタイル編集部

3089

新元号「令和」が発表され、その由来も同時に発表されました。

令和の典拠は「万葉集」。第五巻、梅花の歌三十二首の序文が「書籍」としての令和の由来です。

一方、この「梅花の歌」が詠まれた会を「主催した人」と、会が開かれた「場所」が、今、熱い注目を集めています。

その人とは「大伴旅人」、そして場所は「大宰府」。

今回は「令和」の「場所としての由来」と「人についての由来」の2つをピックアップします。

★目次★

「令和」と「梅花の歌」と「大伴旅人」

新元号「令和」の典拠は「万葉集」です。

直接的には、万葉集第五巻に収められている「梅花の歌」三十二首の序文が、「令和」の由来です。

この「梅花の歌」三十二首というのは、天平二年(西暦730年)の正月に、当時「太宰師(大宰府政庁の長官)」だった大伴旅人が開いた「梅花の宴」で詠まれました。

宴が開かれたのは旅人の邸宅であり、現在その邸宅跡は「坂本八幡宮」という神社になっています。

大伴旅人は神亀5年(西暦728年)に大宰府に赴任し、赴任した先で山上憶良などと歌を通じて交流。旅人自身も「歌人」として後世に名を残すことになります。

天平二年(西暦730年)の正月に開かれた、令和の由来となる「梅花の宴」ですが、旅人はこの年の11月に都に帰っています。

もし旅人の帰京がもっと早くなっていたら、この「梅花の宴」も開かれなかった可能性が高くなりますね。

ちなみに旅人の歌は万葉集に78首が収められています。「梅花の宴」で詠まれたのは次の歌です。

我が園に 梅の花散る久かたの 天より雪の 流れ来るかも

美しいですね。

「令和」と「梅花の歌」と「大宰府」

先述でも触れていますが、大伴旅人が大宰府長官として九州に赴任していた時、暮らしていた邸宅は現在「坂本八幡宮」という神社になっています。

「令和」の発表で、この坂本八幡宮も注目度がアップ!

またこの坂本八幡宮と同じくらいに注目度が急上昇しているのが、大伴旅人が長官を務めた「大宰府」

学問の神様、また菅原道真公ゆかりの地として、そもそも九州での人気観光スポットだった大宰府は、「令和」の発表でさらに人々の耳目を集めています。

ここまでにご紹介した「梅花の宴」の様子も、大宰府政庁跡のそばにある「大宰府展示館」に、博多人形を使って再現されています。

春休みの家族旅行で足を運んでみても良いかもしれませんね。「大宰府展示館」の公式サイトはこちら


おわりに

「令和」の発表で俄然熱を帯びている「大伴旅人」と「大宰府」。

初めて国書を由来とした元号となった新時代。

「令和」をきっかけに、自国の文化や風土を今一度見つめ直し味わって、その深みを感じたいですね。

「令和」についてのオハナ的 第一報はこちら

ライター応募はこちら

タイアップ

関連記事

オハナかくれんぼ オハナかくれんぼ オハナかくれんぼ

新着記事

オハナかくれんぼ オハナかくれんぼ オハナかくれんぼ
オハナかくれんぼ オハナかくれんぼ オハナかくれんぼ

アクセスランキング

  • 週間
  • 月間
  • 年間

お得なプレゼントの案内や家族に関する記事を受け取ろう!


おすすめコンテンツ

次へ
前へ