2018_01_10(水) 14:00

阪神淡路大震災から23年が経ちました。

記事投稿: BOLSTER株式会社

2018_01_10(水) 14:00

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記事投稿: BOLSTER株式会社

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1995年(平成7年)1月17日5時46分52秒。甚大な被害を出した阪神淡路大震災が発生しました。当時中学生だった私の心にも深く刻まれる日になりました。

磯上通5丁目付近(写真提供:神戸市)
JR新長田駅前(写真提供:神戸市)

私は一人で自分の部屋で寝ていたのですが、ドォーーーーーーッン!!!!という下から押し出されるようなような揺れ(後から知りましたが、こういった突き上げるような地震の揺れを縦揺れというそうです。)で目を覚ましました。何が起こったのか分からず震えていると窓をバンバンとものすごい勢いで叩くような音がして、「怖い!!…なに??」と布団に潜り込んでいると続けてベッドから落とされるほどの揺れを感じました。
「じ、地震??」
それまで大きな地震にあったことがなかったので、それが地震だと理解するまでに時間がかかりました。今起きているのは地震だと理解しましたが、でもどうすることもできず、ただただ布団の中で震えていました。冬でしたので、午前6時前の時間帯はまだ真っ暗で、停電していて電気もつきません。暗闇の中で、一人揺れと恐怖と戦っていました。ほんの数分だったとは思いますが、その時の恐怖は何か得体の知れないものに出会ってしまった時のような、姿の見えない何かに飲み込まれてしまいそうな、うまく表現できないほど恐ろしいものでした。その時、
「おい、大丈夫か?」
と救いの声が聞こえました。隣の部屋の兄でした。兄は暗闇の中を壁を伝いながら私のところまできて、
「一人でおったら危ないわ。とりあえず、お父さんとお母さんの部屋まで行こ。」と私の手を引きながら、ゆっくりと先導してくれました。
「うわーお皿が割れて飛び散ってるわ。気をつけて歩かなあかんな。」と言いながら危ないものをよけつつ慎重に父と母のいる部屋まで連れていってくれました。普段はあまり口をきくこともなく、仲が良いとは言えない兄でしたが、この時感じた心強さと感謝の気持ちは23年経った今でも忘れることができません。

それから弱い揺れや強い揺れ、様々な余震がしばらく続きました。まだ停電が続いていたので、日が昇ってからようやく辺りの状況が見えるようになって来ました。家の中の状況は、食器棚や鏡が倒れて、割れたガラスが散乱していたり、冷蔵庫は倒れ、電子レンジや炊飯器は台から落ちている状態でした。
2階で寝ていたもう一人の兄は頭の横にステレオが落ちて来て危なかったようですが、幸い怪我もなく無事でした。

地震の規模がとてもひどいということを知ったのは、電気が復旧してようやくついたテレビの情報を見た時でした。もっと揺れがひどい地域や火事が起きている地域もあることをその時に知りました。地震についての情報を、知れば知るほど普通ではない恐ろしい地震だということを改めて実感しました。亡くなった方がとても多いということも知りました。中学生の私には、受け止めきれないとても悲しい現実でした。亡くなった方々に、心よりご冥福をお祈りいたします。

我が家には小学生の子供が二人おり、神戸市の小学校に通っています。
阪神淡路大震災が発生した1月17日に復興を願って全校生徒で歌う歌があります。
『しあわせ運べるように』です。
地震で亡くなった方々の分も毎日を大切に生きていこうという、後世に伝えていかなくてはいけないメッセージが込められた、とてもとても素晴らしい歌です。

(写真提供:神戸市)

私も地震を経験した一人として、皆様にお伝えしたいと思います。
地震や災害は、本当に突然やって来ます。そして忘れた頃にやって来ます。
今できる準備を万全にして頂くことを強くお勧めします。

倒れそうな家具や、不安定な家具はありませんでしょうか?
心配な箇所があれば、ぜひこの機会に見直してみてください。

【家具の転倒防止・補強】

災害が起こった際の非常食や水などの防災グッズは大丈夫でしょうか?
備えあれば憂いなしです。

【防災グッズ】

そして今一度、ご家族で災害発生時の行動や集合場所などのお話をされる機会を設けてみてはいかがでしょうか。

今回は、阪神淡路大震災についての記事をお届けしました。
地震や災害が起こらなければ一番良いとは思うのですが、近々大地震が起こるという予想もされています。大変微力ではありますが、皆様の防災意識向上のお役に立てれば幸いです。

最後までご覧いただきましてありがとうございました。

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