2016_09_19(月) 23:48

見えないところで努力と心配をしてくれた父への恩返し

記事投稿: オハナスタイル編集部

2016_09_19(月) 23:48

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記事投稿: オハナスタイル編集部

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我々(BOLSTER株式会社)は、皆さんへ親孝行のきっかけと、親孝行を手軽に行うための仕組みを提供しています。今回は、愛知県在住 20代女性から、「見えないところで努力と心配をしてくれた父への恩返し」が届きましたので是非ご覧ください。

とても仲が良かった家族5人。

父と母と姉2人と私。

末っ子で過ごしていた私には、私の面倒を見てくれる人がいっぱい居たと思います。両親ともに共働きだったけれど、平日には、毎日祖母が来てくれて、帰りを待っていてくれていたし、週末には、庭の手入れを家族一緒に。長期休暇には、家族で遠出旅行。たわいものないことをいつも話して、ちょっとしたことで笑って、いつも一緒にいた気がします。



 

嵐のように過ぎていった母の…。

私が小学校4年生から年が変わるころ、母が入院し、あっという間の1年以内に、ガンのため亡くなりました。それは本当に嵐のように過ぎて行って、まだまだ小さかった私には、母の死は大きくのしかかってきました。そこから、父や祖母にちょっとしたことで当たったり、姉たちとも喧嘩したり。でも、その一方で、父は今までの生活を少しでも変えないように、自分の仕事の部署を変えたり、時間を作っては娘たちの話を聞いたり、今まで作っていなかった料理も、成長期の娘3人にしっかり食べさせるよう、本を見ながら作ってくれていました。今思えば、私の見ていないところで父は影でいっぱい努力していたと思います。

 

大学進学と就職。その後の海外留学。

歳を重ねるごとに、姉とは話しても父とはめっきり会話する量が減りました。

父から話しかけてくれても、そっけない反応や返事をする私がいました。父はなんでも私のやりたいことには、「自分でやりたいことなら、自分の責任でやりなさい」と。そう言っていたことで、私はてっきり、「お父さんは私のこと心配してくれない」と思っていたのでしょう。私は大学も、就職先も父には一切相談することなく、自分で決め、すべて事後報告。そして、就職を機に、実家から離れて暮らすようになりました。

でも、これは後から聞いた話ですが、父は姉に私の希望や進路をしっかりと確認していたようでした。就職して5年たったころ、海外にでて、がん治療の最先端を学びたいと思ったとき、私は初めて父に相談をしました。そのとき父が言ったのはやっぱり、「自分で決めなさい」でした。

 

これから取り戻していく、父との時間。

定年退職をして、娘たちも手を離れたことで、自由になる時間も増えた父に、時々海外旅行を勧めています。というのも、昔から旅行が好きだった父と母。小さい時も、できるだけ旅行に行けるように努力していました。私も海外に留学したということから、父には言語の壁の心配もなく、安全に楽しく過ごせるように、絶対に付き添いたいと思います。まだまだ、始まったばかりの親孝行ですが、これからたくさんの国を父と共に巡って、今まで話せなかった分を取り戻していくつもりです。

最後に、「親孝行、お届け便。」は、とってもいいサービスですね。言葉だけじゃなく、形で残るものは、もらったときの幸せな記憶とかを呼び起こしてくれるものだと思います。

 

<愛知県在住 20代女性 ペンネーム:KAPU>

 

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