2018_06_19(火) 08:00

【親孝行体験談】東日本大震災で被災した両親と過ごした時間

記事投稿: オハナスタイル編集部

2018_06_19(火) 08:00

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記事投稿: オハナスタイル編集部

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忘れもしない未曾有の出来事。
東日本大震災が起きたとき、福島県いわき市に住んでいる両親となかなか連絡がとれませんでした。
無事だろうか。
家は潰れてはいないだろうか。
心配でいてもたってもいられない日々。

ようやく両親の近くに住む姉から連絡があり、「山梨の私の家に避難したい」とのこと。
よしきた!
私は、80歳を過ぎた両親を上野駅まで迎えに行き、鬱病でふらつく父の背中を抱えながら山梨に到着。
山梨の私の家での両親との生活が始まりました。

福島では、家が半壊、断水のため一日に何度も山から湧き水を汲んできて生活水にしたり、大変な思いをしてきたとのこと。
そして今度は放射能の心配も。父はもう死んでもいいんだと言っていたそうです。



山梨では、計画停電があったものの平穏で静かな生活が始まりました。
私の子供にとって、祖父母との生活はちょっと不自由することもあるけれど、一緒に住むのも楽しいと言っていました。
そしてなにより、実家から離れたところに嫁いだ私にとって、両親との生活は「今こそ親孝行ができる絶好のチャンスだ」と思い、日々の食事や観光など、両親との楽しい時間を過ごすことができたと思います。

しかし結局、鬱病に苦しむ父は「半壊でもいいから自分の家で過ごしたい」との気持ちから、半年後、福島に帰っていきました。

そんな父が亡くなってから今年で5年が過ぎました。
グループホームで暮らす母は、亡くなった父の年齢になり、認知症で私のことも忘れてきましたが、私は忘れません。
母の命あるかぎり最大限の親孝行をしていきたいと思います。

<投稿者:ヨッシィさん>

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