2018_06_10(日) 09:00

『小さく産まれた長男』編
~正解のない子育て~ その1

記事投稿: ぶちかぶちか

2018_06_10(日) 09:00

20939

記事投稿: ぶちかぶちか

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私は1人目を34歳で、2人目を37歳で産んでいます。
そして、2人とも重度の妊娠悪阻と切迫早産との戦いでした。

特に長男の時は、出産まで入院したりもしていたので今でも鮮明に覚えています。

その時は28週目あたりの検診で普段と変わらずNSTでお腹の状態をモニターでチェックしていました。
すると、のちに確認しに来た看護師さんが、

「わっ!これって軽く陣痛はじまってるんじゃないの?!」と。

どうやら、微弱ではありましたが、一定のタイミングで陣痛のような波が出ていたようです。

それを知った先生もビックリして、
今から赤ちゃんが出て来られては大変だ!とのことで緊急に車椅子に乗せられそのまま病室へ直行。

そこから私の入院生活が突然始まりました。
とにかく絶対安静だったのでトイレ以外はずっとベッドの上で過ごすしかありませんでした。
気分転換に外の景色を見たくても、最悪なことにその部屋は磨りガラスだったため、全く外も見えずとても息苦しかったです。

入院中、数々のお産の声が聞こえたり、一方では新しい命と残念ながらお別れし病室を去った方もいらっしゃったり、
私にとって命についてとても考えさせられる時間にもなりました。



およそ1ヶ月余り、病室で過ごしましたが、35週を迎え、お腹の張りも落ち着いているし子宮口も開いてないしということでようやく退院の許可がおりました。

しかし騒ぎはその日の夜に突然起こったのです。
なんと陣痛が。
そのまま夜中に産婦人科に飛び込み
翌朝スピード出産。私よりも先生が1番ビックリしていました。

こうして、長男は予定日よりも1ヶ月程早い、2360gの低体重児として、この世に誕生しました。
同時にここからが、私の育児への覚悟と大いなる不安や罪悪感との葛藤のスタートとなります。

産後直後はマタニティハイ真っ只中でもあったので、とにかく感動に浸って気分がキラッキラしていましたが、
低体重児だったのであらゆる機能がきちんと正常に働いているかどうかの確認もあって、しばし保育器での生活となりました。
一緒に退院できるとも信じていたのですが、低体重だと黄疸も強く出やすかったので残念ながら別々の退院となりました。

初めて長男と離れて過ごした夜、
どうしてもう少しお腹の中にいさせてあげられなかったんだろうと考えて始めました。
今こうして振り返ると、当時は全てが初めての経験で妊娠や出産に対する知識も心構えも充分ではなかったと思います。
腹帯や張りどめの薬の他に、2人目の時にやったさらしを巻いたりしていたらもっと予防できていたかもしれない、なんて後悔したりしました。

その後息子も無事に退院でき、自宅での育児がスタートしました。
しかし本当に小さかったのでおっぱいを吸う力も弱く、全く体重も増えず悩みました。時には無理やり飲ませすぎて吐かせてしまうことも多々ありました。

退院後初めての産院での発育測定も他の新生児はみんな順調に体重が増えていておっぱいの飲みもいい中、息子はまだまだちっちゃくて、周りのママさんたちに心配した眼差しでこちらを見られているのかと思うと、自分が母親として劣っているのではないかと勝手に自己嫌悪に陥ったりしてとても辛かったです。
何よりも息子に申し訳なくて、気づいたら、小さく産んでしまってごめんね、と心の中で何度も謝っていました。

そんな情緒不安定な時に、ある看護師さんから言ってもらえた言葉があります。
「赤ちゃんはそんなに弱くないから心配しなくても大丈夫よ」

たった一言でしたが、その時の私にとってこれ以上のありがたい言葉はありませんでした。

この言葉を聞いてから、
息子の力を信じてやってみよう、
そして、育児に対しても少し余裕を持って進めていけるようになった気がします。

子育ては他のお子さんと比べることでは決してありません。赤ちゃんのそれぞれのペースがあります。それをどうぞお母さんが信じてあげてください。
おかげさまで息子はその後、みるみる体重も増え、今では幼児園でも平均より身長も体重もビッグに成長中です。

子供の力は無限大です。

次回へ続きます。

オハナスタイル公式ライター : ぶちかぶちか

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